東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6669号 判決 1981年3月19日
原告 山口光明
右訴訟代理人弁護士 岡村親宜
同 小林良明
同 山田裕祥
右訴訟復代理人弁護士 藤倉眞
被告 橋本勝雄
<ほか二名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 伊藤徹雄
同 今泉善彌
主文
1 被告らは、原告に対し、各自金三二七万三八一六円及びこれに対する昭和四八年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、原告に対し、各自金六三六六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項につき仮執行の宣言
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二請求の原因
一 当事者
原告は、被告橋本勝雄に雇用されている労働者であり、同被告は、橋本工業と称し、建築、土木工事の設計、施行、請負等を営む者である。被告株式会社歌工務店(以下「被告工務店」という。)は、土木建築請負業を営む会社であり、被告歌喜馬は、その代表取締役である。
二 事故の発生
原告は、次の事故(以下「本件事故」という。)により、頭蓋骨線状骨折、頭部外傷等の傷害を負った。
すなわち、昭和四八年九月二九日午後三時ころ、東京都文京区小石川二丁目一四番二号佐々木邸新築工事(以下「本件工事」という。)現場において、被告橋本の従業員脇屋久が、右工事の一環として、建設機械(BS3Eバックホー、以下「バックホー」という。)を使用して土砂の掘削作業、いわゆる根切り作業(以下「本件作業」という。)に従事中、地中に埋設されていたガス管を掘り起し、これを空中にはね上げた結果、右ガス管が同じく本件作業に従事していた原告の頭上に落下したものである。
三 責任原因
1 被告橋本
(一) 債務不履行責任
(1) 被告橋本は原告の使用者であり、労働契約上の信義則に基づき原告に対し、その生命・身体・健康の安全を保護すべき債務(以下「安全保護義務」という。)を負っていた。
(2) 右安全保護義務の具体的内容は次のとおりである。
ア 建設機械(バックホー)を使用していわゆる根切り作業を行わせる場合には、常時監視人を配置し、その監視下でしかその運転をさせてはならない義務。
イ 右作業中ガス管等の埋設物を発見した場合は、その付近の作業を禁止し、危険の有無を確認する義務。
ウ 右埋設物が本件のごとくガス管であることを確認した場合は、その飛散を防止するなどの安全措置を講じたうえ根切り作業を再開させる義務。
エ 右アないしウに従って作業を行うよう従業員に対し具体的な安全教育をする義務。
(3) 脇屋は、同被告の従業員として本件工事に従事していた者であり、同被告の右債務につき履行補助者の地位にあった。
(4) しかるに、同被告及び脇屋は右債務の履行をすべて怠り、その結果本件事故が発生した。
(5) よって、同被告は、民法第四一五条に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
(二) 使用者責任
(1) 被告橋本の被用者である脇屋は、本件事故の発生を未然に防止すべく次の注意義務を負っていた。
ア 建設機械(バックホー)の運転者として、常時監視人の配置されていない状況下では、その運転をしてはならない義務。
イ 建設機械(バックホー)の運転者として、いわゆる根切り作業中ガス管等の埋設物が発見されたことを知った場合は、その付近においてバックホーを使用して右作業を行ってはならない義務。
ウ 本件のごときガス管を発見した場合は、その飛散を防止するなどの安全措置を講ずるまでは、その付近においてバックホーを使用して根切り作業を再開してはならない義務。
(2) しかるに、脇屋は、本件作業を行うにつき右注意義務をすべて怠った過失により、本件事故を発生させた。
(3) よって、同被告は、民法第七一五条第一項に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
(三) 運行供用者責任
(1) 本件バックホーは、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)にいう「自動車」であり、本件事故は、その運行によって生じたものである。
(2) 被告橋本は、本件バックホーの所有者であり、自賠法第三条の運行供用者に該当する。
(3) よって、同被告は、自賠法第三条に基づき、原告に対し、原告が本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。
2 被告工務店
(一) 債務不履行責任
(1) 被告工務店は、本件工事の請負人であり、同工事のうち足場工事及び土工事を被告橋本に下請けさせていたが、本件工事現場には自社の従業員戸田昌幸を現場監督として配置し、自社及び原告を含む被告橋本の従業員らを右工事に従事させていた。
(2) 右のとおり、被告工務店と原告とは使用従属の労働関係にあり、このような場合、同被告は原告に対し、信義則上安全保護義務を負担するものと解すべきである。
(3) 右安全保護義務の具体的内容は次のとおりである。
ア 現場監督を常時配置し、危険な作業により労働者の生命・身体・健康の侵害がないよう指揮監督する義務。
イ 前記1(一)(2)アないしエと同内容の義務。
(4) 戸田は、被告工務店の従業員として本件作業の現場監督をしていた者であり、同被告の右債務につき履行補助者の地位にあった。
(5) しかるに、同被告及び戸田は右債務の履行をすべて怠り、その結果本件事故が発生した。
(6) よって、同被告は、民法第四一五条に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
(二) 使用者責任
(1) 被告工務店の被用者である戸田は、本件作業の現場監督であり、本件事故の発生を未然に防止すべく、前記(一)(3)イ(前記1(一)(2)アないしエ)と同内容の注意義務を負っていた。
(2) しかるに、戸田は、現場監督としてその職務を行うにつき右注意義務をすべて怠った過失により、本件事故を発生させた。
(3) よって、同被告は、民法第七一五条第一項に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
(三) 機関の行為による責任
(1) 被告歌は被告工務店の代表取締役であり、本件事故の発生を未然に防止すべく、前記(一)(3)ア及びイ(前記1(一)(2)アないしエ)と同内容の注意義務を負っていた。
(2) しかるに、被告歌は、その職務を行うにつき右注意義務をすべて怠った過失により、本件事故を発生させた。
(3) よって、被告工務店は、商法第二六一条第三項、第七八条第二項、民法第四四条第一項に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
(四) 運行供用者責任
(1) 前記1(三)(1)のとおり、本件バックホーは自賠法にいう「自動車」であり、本件事故はその運行によって生じたものである。
(2) 被告工務店は、その従業員である戸田の指揮監督の下に、脇屋の運転に係る本件バックホーを使用して請負作業を行ったものであるから、自賠法第三条の運行供用者に該当する。
(3) よって、同被告は、自賠法第三条に基づき原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
3 被告歌
(一) 被告歌は、被告工務店の代表取締役であり、同被告に代って本件工事の施行を監督する者であった。
(二) 被告工務店は、戸田の使用者であり、また戸田を介して脇屋を指揮監督していたから、同人の使用者ともいうべきである。
(三) 戸田及び脇屋は、本件事故の発生を未然に防止すべくそれぞれ前記2(二)(1)及び1(二)(1)の注意義務を負っていたが、本件作業に従事するにつき右注意義務をすべて怠った過失により本件事故を発生させた。
(四) よって、被告歌は、民法第七一五条第二項に基づき、原告に対し、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。
四 損害
1 得べかりし賃金
(一) 原告は、本件事故当時四六歳であり、六七歳までの二一年間稼働し、賃金収入を得ることがで可能であったが、本件事故により被った頭部外傷の後遺症のため全労働能力を喪失するに至った。
(二) 右期間の原告の得べかりし賃金額は、賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均賃金を基礎に算出するのが合理的である。
そこで、昭和四八年から昭和五二年までは各年の右平均賃金額、昭和五三年以降は昭和五二年の平均賃金に毎年五パーセントの昇給を加味した金額により、原告の得べかりし賃金額の現在額を単式ホフマン式計算法に従って計算すると、五三〇〇万八〇〇〇円となる。
2 精神的損害及び非物質的損害
(一) 原告は、本件事故により事故当日である昭和四八年九月二九日から同年一二月三日までの約二か月間入院し、退院後昭和五二年九月六日まで通院治療を行い、その後も頭部外傷の後遺症のため治療を継続している。右後遺症は生涯継続するものであり、その障害等級は四級というべきである。そして、本件事故が労働災害事故であり、被害者たる原告が経済的に困窮している点を考慮すれば、原告の精神的損害は一〇〇〇万円を下らない。
(二) 原告の右精神的損害を除くその余の非物質的損害は、結婚生活への希望が完全に断たれたこと、後遺症により人間生活を破壊されたことからすれば、一〇〇〇万円を下ることはない。
(三) 以上によれば、原告が本件事故により被った精神的損害及び非物質的損害は一五〇〇万円を下ることはないというべきである。
3 弁護士費用
原告は、右1及び2の損害賠償請求権を有するところ、その権利行使のため、原告代理人である弁護士らに訴訟追行を委任し、弁護士報酬基準に従い手数料及び謝金を支払う約束をしているが、右弁護士費用として少なくとも四〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
4 合計
本件事故により原告の被った損害は、右1ないし3の合計七二〇〇万八〇〇〇円である。
五 結論
よって、原告は、被告らに対し、各自右損害金の内金六三六六万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和四八年九月三〇日(本件事故の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
《以下事実省略》
理由
一 請求の原因一の事実及び同二のうち原告の負った傷害の部位程度を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば原告は本件事故により頭部外傷二型、外傷性頸部症候群の傷害を負ったことが認められる。
二 被告らの責任
1 被告橋本
(一) 被告橋本が被告工務店から本件工事のうち足場工事及び土工事を請負ったこと、脇屋が本件事故当時被告橋本の従業員として右工事の一環である建築現場の掘削作業いわゆる根切り作業に従事していたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 前記争いのない各事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
脇屋は、本件事故当日本件バックホーを操作して根切り作業に従事していた際、掘削場所に長さ三メートルほどの古い鉄製のガス管が埋まっているのを認め、そのまま作業を継続すると、バックホーの爪でガス管を跳ね飛ばすなどの危険があると判断したが、ロープでガス管を結ぶなどの安全措置を講ずるまでの必要はないと考えて、異った方向から更に根切り作業を継続していたところ、バックホーの爪の操作に伴ってガス管が跳ね上がり、本件バックホーから約二メートル程度離れた位置にあった水道の蛇口から後ろ向きになって水を飲んでいた原告に倒れかかり、ガス管の先端部から約五〇センチメートルあたりの部分が原告の後頭部に当たった。
《証拠省略》中右認定に反する部分は措信せず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 右事実関係によれば、脇屋は、本件バックホーを操作して地面の掘削作業を行うに際し、掘削場所にガス管が埋まっていることを認識していたのであるから、右ガス管を切断するとか、ロープで結ぶなどの安全措置を講ずるまでは、その付近の掘削作業を中止し、本件事故を未然に防止すべき注意義務があったというべきところ、同人はこれを怠り、右のような安全措置を講ずることなく本件バックホーによる掘削作業を継続した過失により本件事故を発生させたものである。
(四) したがって、被告橋本は、民法第七一五条第一項により、脇屋がその職務を行うにつき原告に与えた本件事故による損害を賠償する責任がある。
2 被告工務店
(一) 戸田が被告工務店の従業員として、本件工事の現場監督をしていたことは、当事者間に争いがない。
(二) 右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
戸田は現場監督として本件工事現場に常駐し、作業手順の決定、下請けとの打合せ等を行うほか、作業員らに対する作業の際の危険防止の指示等安全管理を含む総括的な監督を行い、原告ら下請けの作業員は戸田の指示に従って作業していたが、戸田は、本件事故の日の前日本件作業による掘削予定場所の地中にガス管が埋っているとの報告を受け、それが現在使用されていないガス管であることを確認したのに、本件事故当日、単に脇屋に対し本件バックホーの操作中バックホーの爪でそれを引掛けて跳ね飛ばしたりしないように注意したにとどまり、右ガス管を切断しあるいはロープで結ぶなどの安全措置を講ずべきことを脇屋又は原告に指示するかあるいは自らそのような安全措置を講ずることはせず、脇屋らに本件作業の続行を命じた。
(三) 右認定の事実及び前記1(二)の事実関係によれば、戸田は本件工事の現場監督として、掘削場所にガス管が埋っている旨の報告を受けその確認をしたのであるから、作業員らに対し前記のような安全措置を講ずべきことを指示しあるいは自らそのような措置を講じて本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負っていたところ、同人はこれを怠り、脇屋に対し単に注意して作業するようにとの指示を与えたのみで本件作業の続行を命じた過失により、本件事故を発生させたものである。
(四) よって、被告工務店は、民法第七一五条第一項により、戸田がその職務を行うにつき原告に与えた本件事故による損害を賠償する責任がある。
3 被告歌
(一) 被告歌が被告工務店の代表取締役であることは、当事者間に争いがない。
(二) 《証拠省略》によれば、被告歌は、本件工事の請負契約を締結するに際し、自ら工事現場に赴いてその見積り等を行っていること、本件作業の実施に当たり現場監督の戸田及び被告橋本に対し、安全対策特に地中の埋設物の処理に注意するように指示を与えていること本件工事現場に赴いて戸田と仕事の打合せを行うなどし、また、本件作業の進捗状況について戸田から報告を受けていたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(三) 前記2において被告工務店の責任について判示したところと、右(一)及び(二)の事実関係によれば、被告歌は、被告工務店の代表取締役として、現実に被告工務店に代って本件事業を監督していた者であり、民法第七一五条第二項にいう代理監督者に該当する者と認められるから、右規定及び同条第一項の規定に基づいて戸田がその職務を行うにつき原告に与えた本件事故による損害を賠償する責任がある。
4 被告らは、本件事故は原告の過失により発生したものであるから、被告らに責任はないと主張する。
(一) 前記1(二)の事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
本件作業には被告橋本から脇屋と原告とが現場作業員として派遣され、脇屋は本件バックホーの操作等を、原告はいわゆる手元といわれる役割をそれぞれ担当していた。すなわち、原告は脇屋がバックホーを操作している間その掘削場所が正確か否かの確認をし、また、作業現場に人が入り込まないように監視するとともに掘削現場の地中の埋設物がバックホーの操作に伴って掘り出され作業員その他近隣の者らに危険が及ばないように監視し、更にバックホーによる掘削作業の終了後は、その掘削跡を平坦にするなどのいわゆる手直し作業に従事していた。右監視を担当する者は、バックホーが動いている間は危険を避けるためそれから四メートル以上離れていなければならず、それよりバックホーに近づく場合その他監視場所を離れる場合には、バックホーを操作している者に合図を送ってその操作を中止させるのが、この種作業を安全に行うために従前から一般に行われている方法であり、原告及び脇屋はこの種作業に十分の経験を有し、右のことを熟知していた。
また、本件事故当日の午前中から、掘削予定場所にガス管の埋っていたことは原告も認識していたが、それに対する安全措置を自ら講ずるとか脇屋と相談することもせず、本件事故発生時も、脇屋が本件バックホーを操作中であったにもかかわらず同人に合図を送ってその操作を中止させることなく、単に休憩と称して監視場所を離れ、本件バックホーから約二メートルしか離れない場所にあった水道の蛇口から水を飲んでいたところ、前記ガス管が当たって本件事故が発生した。
《証拠省略》中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 右事実関係によれば、本件事故の発生については原告にも過失が認められ、その過失は、本件作業における原告の担当役割、その経験の度合等からして相当重大なものというべきではあるが、1ないし3に判示したところに照らして、本件事故が原告の右過失のみに起因するものとはいえないから、原告に過失があったからといって被告らの前記責任を否定することはできない。したがって、被告らの右主張は、採用できない。
三 原告の損害
1 逸失利益
(一) 前記一の事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
原告は、本件事故によって被った頭部外傷二型等の傷害の治療のため、事故当日の昭和四八年九月二九日から同年一一月三〇日まで東弘会山川病院に入院し、退院後も昭和五〇年五月三一日までほとんど毎日同病院において通院加療を続け、更に同年四月二二日からは日大板橋病院精神神経科において通院加療をしていたが、昭和五二年九月六日同病院において症状固定の診断を受けた。症状固定時において原告は、頭痛及び四肢脱力歩行障害などを訴えていたが、症状固定後の原告の後遺障害は労災保険法所定の障害補償給付に係る障害等級八級に該当すると認定されている。また昭和五三年一二月二五日東京都知事から、左下肢機能障害兼右上肢軽度機能障害があるとして、身体障害者福祉法に基づき身体障害者手帳(障害の級別を四級とするもの)の交付を受けている。
(二) 休業損害
(1) 右(一)において認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当日から昭和五二年九月六日まで、本件事故によって被った傷害の治療のため就労することができず、その間休業せざるを得なかったものと認められる。
(2) 《証拠省略》によれば、原告は、昭和四八年四月ころから臨時人夫として被告橋本に雇用され、一か月二〇日間程度同被告の仕事をして日給四〇〇〇円ないし四五〇〇円の賃金を受けとっていたが、同被告以外の者に雇用されて仕事をすることもあったことが認められる。
右認定の事実によれば、原告は本件事故前において毎月定額の賃金を得ていた者ではなく、しかもその平均賃金を的確に把握することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠もない。そうすると、前記(1)の休業期間に原告が得られるはずであった賃金額を算定するに当たっては統計的資料によるほかはなく、前述のとおり原告が臨時の人夫であって特定の事業所に常時雇用されている者ではなかったことからすれば、労働省・賃金構造基本統計第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計男子労働者の平均賃金(各年別)を基礎として右賃金額を算定するのが相当である。
これに対し被告らは、右賃金額の算定については、被告橋本の事業規模からみて最小規模の事業所に対応する労働者の平均賃金を基礎とすべき旨を主張するが、原告が被告橋本に常時雇用されていたものでないことは前示のとおりであるから、右方式は必ずしも合理的とはいえず採用できない。
そうすると、原告が前記(1)の休業期間に得られるはずであった賃金額の事故当時の現価は、ライプニッツ式計算法により中間利息を控除すると、別紙計算表1のとおり計算され、合計八二五万四七七〇円となる。
(三) 後遺症による財産上の損害
(1) 原告が本件事故当時四六歳であったことは、当事者間に争いがなく、これによれば、原告は前認定の症状固定時である昭和五二年九月六日には五〇歳であり、この時期から六七歳に至るまでの一七年間就労可能と認めるべきである。
(2) 前記(一)で認定した原告の後遺症の程度及び労災保険法所定の障害補償給付に係る障害等級が八級と認定されていることなどを勘案すると、原告の後遺症による労働能力喪失割合は四五パーセントと認めるのが相当である。なお、原告が交付を受けた身体障害者手帳に障害の級別が四級と記載されている点は、身体障害者福祉法施行規則第七条第一項第二号、第三項、別表第五号によるものであるが、同表の障害の級別は右規則独自の観点から障害をその程度に従って分類したものであって、労災保険法所定の障害補償給付に係る障害等級と符合するものではないから、右認定の妨げとはならない。
これに対し原告は、労働能力喪失割合は一〇〇パーセントと認められるべきであると主張し、《証拠省略》中には、原告の健康状態は、本件事故による後遺症のため、日中一時間程度散歩等に外出するほかはほとんど自宅で寝ている状態であり、このような状態は東弘会山川病院退院後現在に至るまで続いている旨の供述部分があるが、同供述部分は、《証拠省略》の記載と対比してにわかに措信できず、他に原告の右主張を認める根拠となるべき証拠はない。よって、原告の右主張は失当である。
(3) 後遺症による逸失利益の算定は、症状固定時における産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均賃金を基礎とすべきであり、その理由は前記(二)(2)のとおりである。
原告は、逸失利益の算定の基礎となる平均賃金には毎年五パーセントの昇給を加味すべき旨主張するが、前示のとおり原告が建設工事の現場作業に従事する臨時の人夫であることからすると、その賃金が毎年一定割合で増額されて行くものと考えることは合理的根拠を欠くといわなければならず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、右主張は失当である。
そうすると右逸失利益の事故当時の現価は、ライプニッツ式計算法により中間利息を控除すると、別紙計算表2のとおり計算され、一一七五万〇三五八円となる。
(四) 過失相殺
(1) 本件事故の発生につき原告にも過失のあったことは、前認定のとおりであり、さらに、《証拠省略》によれば、本件工事現場には作業員のためヘルメットが用意され、各作業員は、現場監督の戸田からヘルメットを着用するよう指示されていたが、原告は、本件事故の際、右指示に従わずにヘルメットを着用していなかったことが認められる(《証拠判断省略》)ところ、前認定の本件事故の態様に照らすと、原告がヘルメットを着用していれば、少なくとも原告の傷害の程度は、より軽く済んだものということができる(これに反する《証拠省略》は、前記二1(二)の事実に照らし採用できない。)。これらの事実に照らすと被告らの損害賠償額を算定するに当たっては、原告の過失割合を六割として斟酌するのが相当である。そうすると、被告らが責任を負うべき休業損害及び後遺症による財産上の損害の合計額は、八〇〇万二〇五一円となる。
(2) 原告は、労働災害による損害賠償請求事件においては過失相殺の法理を適用することは許されないと主張する。
しかしながら、本件事故が労働災害事故であるということだけから、損害賠償額の算定に当たり原告の過失を斟酌することが許されないとする根拠はないから、原告の主張は失当である。
(五) 損害の填補
(1) 原告が本件事故について労災保険法による休業補償給付金三五四万六三六二円及び障害補償給付金二七三万一八七三円の支給を受けたことは、当事者間に争いがないところ、同法第一四条、第一五条、労働基準法第七七条の各規定からみると、休業補償給付金は休業による損害を、障害補償給付金は後遺症による財産上の損害をそれぞれ填補する性質を有するものと解されること、また、労災保険法による保険給付は労働基準法所定の災害補償を代行する性質を有するものと解されるが、労働基準法第八四条第二項は、同法による災害補償を行った使用者は同一の事由についてはその価額の限度で民法の損害賠償責任を免れる旨明定していることを考えると、右各給付金によって原告の休業損害及び後遺症による財産上の損害は填補されたというべきであり、その価額の限度で被告らは原告の損害についての賠償責任を免れるものと解される。右各給付金は損害填補の性質を有せず損害の額から控除できないとする原告の主張は採用できない。
(2) 被告らは、原告が支給を受けた休業特別支給金九一万三三四二円及び障害特別支給金八九万二四一七円についても損害賠償額の算定に当たって控除すべきであると主張する。
しかしながら、右各特別支給金は、労災保険法第二三条所定の労働福祉事業の一環として、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号)第三条又は第四条に基づいて支給されるものであり、右各特別支給金の支給は、業務上被災した労働者の損害を填補することから更に進んで積極的に被災労働者の福祉の増進を図るための措置という性質を有するものと解される。もっとも、右規則第三条及び第四条所定の休業特別支給金及び障害特別支給金の支給要件は、休業補償給付及び障害補償給付の各支給要件と類似しており、このことからは、右特別給付金は保険給付たる休業補償給付及び障害補償給付の給付水準を引き上げることを目的とするものであって、損害の填補の性質を有するものともみられなくはない。しかし、反面同じ労働福祉事業として前記規則に基づいて支給される特別支給金の中には損害の填補とは異質の見舞金的性格の強い遺族特別支給金といったものもあり、これらの特別給付金がそれぞれその性格を全く異にするとみるのは規定の体裁上困難である。また、労災保険法第一二条の四の規定は、政府の損害賠償請求権の取得の原因となる給付を保険給付に限り、労働福祉事業として行われる特別支給金の給付は除外している。これらの点を考えると、同法は右特別支給金に損害填補の性質を認めていないものと解すべきであり、結局被告らの損害賠償額の算定に当たり原告が支給を受けた前記休業特別支給金及び障害特別支給金相当額を控除することはできないというべきである。
よって、被告らの前記主張は失当である。
(3) 被告らは、損害賠償額の算定に当たり被告橋本が原告に対して支払った六九万六一九四円(同被告が原告に対し同金額を支払ったことは、当事者間に争いがない。)を控除すべきであると主張する。
《証拠省略》によれば、昭和四八年九月二九日入院雑費として一万七一四四円、昭和五一年五月から昭和五二年四月までの交通費として月額一万円(合計一二万円)、昭和五二年四月一二日診断書代として五〇〇〇円、昭和四八年一〇月一日から昭和五一年四月二〇日までの間二一回にわたり各一万円ないし四万円(合計五五万円)、昭和五二年六月四〇五〇円がそれぞれ支払われたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、被告橋本が原告に支払った前記金員のうち、入院雑費、交通費、診断書代として支払われた各金額及びその額からみて逸失利益の填補とみることのできない昭和五二年六月に支払われた四〇五〇円については、賠償額から控除することはできないが、その余の五五万円については、その支払時期、金額から原告の逸失利益を填補する趣旨で支払われたものと認めるのが相当であるからこれを右賠償額の算定に当たり控除すべきである。
(4) 以上の(1)ないし(3)で判示したところによれば、被告らが原告に対し賠償すべき逸失利益の額は、一一七万三八一六円となる。
2 慰藉料
前認定の本件事故の状況、本件事故発生についての原告の過失の程度、本件事故により原告の被った傷害の部位、程度、傷害の治療期間及び状況、後遺症の程度その他諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告の被った精神的損害に対する慰藉料としては一八〇万円が相当である。
なお、原告は精神的損害と非物質的損害を区別して主張しているが、このように区別して考えなければならない根拠はない。
3 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の追行を原告代理人である弁護士らに委任し、弁護士報酬基準に従いその報酬の支払を約したことが認められるが、右弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係のある損害として三〇万円を認めるのが相当である。
4 損害賠償額の合計
1ないし3で認定した損害賠償額を合計すると三二七万三八一六円となる。
四 以上によれば、被告らは、原告に対し、各自金三二七万三八一六円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和四八年九月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よって、原告の本訴請求は、被告らに対し各自金三二七万三八一六円及びこれに対する昭和四八年九月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 櫻井文夫 裁判官 相良朋紀 山﨑敏充)
<以下省略>